結婚を諦めた理由は何?男女それぞれの気持ちを紹介!

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現代の人々の生活はあらゆる面で多様化しました。どんな勉強をし、どんな会社に就職し、どんな仕事をするか。そしてその様な選択の中には結婚も例外ではありません。結婚という選択をする人もあれば、しない人もいます。

そんな中で結婚自体を諦める、という選択をした方達も多くいます。一体そこにはどんな事情があったのでしょう。今回は、そんな結婚を諦めた方達の理由を、女性、男性に分けて探ってみました。

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結婚を諦めた理由:女性の場合

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それでは、その理由を女性の場合から見ていきたいと思います。

出会いの減少

皆さんは、男女雇用機会均等法という法律をご存知でしょうか?。聞き慣れない法律かも知れませんが、決して内容は難しくありません。

少し説明致しますと、職場における男女の差別を禁止し、募集、採用、昇給、昇進、教育訓練、定年、退職、解雇などの面で男女共に平等に扱うことを目的とした法律です。つまり要約すると、働くことは、男性も女性も同じ機会を与えられなければいけないということです。1986年に施行されました。それから丁度30年が経ち、施行時に大学生だった若者は今50歳前後になりました。多くは社会の中で責任ある立場になっています。

この時代に結婚適齢期だった多くの女性は、先の法律の恩恵に、多かれ少なかれ与って来ました。男性と同じように仕事をこなし、大きなやりがいを手にしたのです。

しかしその一方で、懸命に仕事をこなし、やりがいを見つけ、仕事に打ち込む程に出会いは減って行きました。気がつけば、女性の平均結婚適齢期と言われる30歳前後を過ぎ、後輩や同僚達は次々と結婚していく。次第に、適齢と思われる相手との出会いも減っていってしまうのです。出会いの減少は、結婚の機会をますます奪うことになります。

その結果、女性達は更に仕事に打ち込み、ますます出会いが減るという負のスパイラルに陥ってしまうのです。

相手に求める理想

先に示した様に法律の後押しもあり、女性の社会進出がめざましく進んだことと同時に、高学歴化も進みました。大学への進学率も上がり、研究や資格試験のために大学院に進むことも稀ではなくなりました。自己実現の場は、仕事のみならず、長い目で自分を高める勉強にも及びました。

自分自身を高め、知識を増やし、社会に颯爽と出て行く女性達は、同じように自分自身を高めてくれる相手を探し求めるようになります。高学歴、高収入、地位、名誉、相手に求める理想はどんどん高くなります。しかし、現実はそうはうまくいきません。必ずしも、相手が自分をより高めてくれる人ばかりではないのです。

学歴も収入も女性の方が高い場合も沢山あるでしょう。その現実に気付く時女性達は落胆し、そして更により良い条件やより自分を高めてくれる人を求めて突き進みます。しかしそれは、結婚をより遠いものにするのです。

選択の自由の広がり

高い教養と経済力を得た女性達は、自分の人生において、より広く自由な選択が可能になりました。欲しい物を買い、美味しいものを食べ、住みたい部屋を持ち、キャリアップの為に転職だってこなします。時にはさらなるブラッシュアップのために自分への投資も惜しみません。

自分にとって何が必要かを知った女性達は、豊富な経済力を元に、以前よりはるかに自由に人生を選択出来るようになりました。男性に寄り掛かり、家事に縛られ、或いは男性の意のままになるような結婚を選択する必要はなくなったのです。

もし、男性がその様な平凡な人生を強要したら、現代の女性達の多くは、きっときっぱりと結婚を諦めるのだと思います。

老いてゆく親、介護の問題

当然のことですが、自分の年齢が上がるにつれてそのまた親も高齢になります。そして、いつまでも親が元気でいる保証はありません。その女性が実家に居ても居なくても、次第に親の病気や介護の問題に直面するようになるのです。

今までは、自分の人生だけを見つめていればよっかたのです。人生を充実させ、より良い選択の中で生きる、それがとても重要なことでした。

しかし、時間の流れは人間の事情を変えて行きます。女性達も病に倒れた親を放っておく訳にいきません。必然的に、一人でいる女性達に看病や介護の負担は重くのしかかります。

もちろん、親を看るという選択も立派な選択です。しかし現実には、自分の時間を失い、離職をしなければならない事態にもなりかねません。

その様な状況を、全て受け入れてくれる男性を見つけるのはとても難しいのです。改めて、結婚が当人だけのものではないことを痛感します。

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結婚を諦めた理由:男性の場合

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女性が結婚を諦める場合、良い悪いは別にして、その多くは自分の人生を選び取った結果のように見受けました。では、男性の場合はどのような理由があるのでしょうか。

経済的な問題

先に見て来たように、女性もその活躍が目覚ましい昨今になりました。それに連れ、もちろん男性の活躍も素晴らしいものがあります。

しかしながら、男性の場合は少し様子が違います。時代の流れのスピードは増し、広い教養はもちろんのこと高い専門性も求められるようになりました。生涯雇用は崩れ、同業種や同僚との競争は激しさを増すばかりです。こうした時代の流れに全ての人が適応できるわけではありません。肉体や精神に不調を来たし、休職や退職を余儀なくされる人もいます。また、そうした激化する就職の機会自体を逃してしまうこともあります。

一旦そのコースから外れたり、或は新卒での就職の失敗は、コース外の人生や失敗の固定化に繋がるようになりました。一度の失敗が、生涯を決める恐れがあるのです。一度「沼地」にはまると、なかなか抜け出せないのが今の日本の実情なのです。

失敗の固定化は経済的不安の固定化でもあります。つまり、いつ経済的な安定が得られるかわからない以上、家族を形成し養うことが難しくなっているのです。結婚はしたい、しかし経済的に養うことが出来ずに結婚を断念せざるを得ない、そういう男性が増えていることも事実のようです。

もう一つの経済的理由

経済的な問題では、失敗の固定化と申し上げました。

とすると、一方で成功の固定化という現象も起こっていると考えられます。一度の成功は更なる成功を生み、それは一部の人の間で独占され続ける。いわゆる経済の二極化です。

その成功を収めた男性はどうでしょう。この人々のなかでも積極的に結婚を諦めている男性がいるようなのです。

その多くの男性は、仕事の充実に生き甲斐を感じています。経済的余裕から生まれる一人の時間や、ライフスタイルを大切に、また重要視します。日常生活は、結婚という形を取り、妻に生活を委ねなくても、経済力が簡単に解決してくれるようになりました。電話一本で家事代行が好きな時間に駆けつけます。不在時の宅急便もマンションのコンシェルジュが預かってくれます。あえて密接な人間関係を築き、煩わしい女性のわがままを聞くくらいなら、結婚を諦める事をあっさり選ぶでしょう。家庭を持たなくても、充実した人生を送れるようになったのです。

同世代の女性が怖い

女性が社会に進出して経済力を得るようになり、女性はたくましく、また自らの理想も高くなりました。これは、先に見てきた通りです。

一方、男性の方はどうでしょう。草食系男子に象徴されるように優しく繊細で、競争を好まない男性が多くなりました。そのような男性にとって、たくましく世の中を渡る同世代の女性達は、少し苦手に映るようです。

また、アニメやアイドル、そしてバーチャルの世界の広がりは、あえてリスクを冒し、実在する女性と恋愛する必要性を薄くしました。アニメの世界でも恋愛は楽しめますし、バーチャルの世界では実際にデートをすることも楽しめるのです。生身の人間と恋愛をして傷ついたり、もめ事に巻き込まれることもありません。実際に女性と結婚し、様々な経験をすることを選ばなくても、十分に楽しい人生がそこにはあるのです。

親離れの難しさ

男性の場合の多くは、学歴の差が社会的地位の差に密接するようになり、親の教育熱に拍車がかかるようになりました。教育費の高騰は子供をさらに少なくさせ、それに伴い親子の密着度は高まるばかりです。

親は子の手足となり、また将来を照らす灯火となりました。子は、自分の他に手足があればとても便利ですし、また明かりがあれば将来の不安もありません。親は子に永遠に過干渉になり、子は親離れが難しくなっているようです。つまり、親子の間で生活は完結し、一番心地良い空間なのです。親子の間が一番心地良ければ、そこに結婚相手という他人を入れる必要はありません。

長年、親子の間で良好な関係を保ってきた男性にとって、煩わしい結婚生活を送る位なら、結婚を諦めることはそう難しいことではないのです。

更には、将来その親子の関係が解消されたとしても、女性の問題例と同じように、親の介護という課題が押し寄せてくるのは言うまでもありません。

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まとめ

ここまで、男性、そして女性の様々な事情を見てきました。どちらかと言うと、女性は社会進出の恩恵故に、積極的に結婚を断念しているように見受けられます。対して、男性は社会の急激な変化と競争に疲弊し、結婚を断念せざるを得ない印象があるようです。

しかし、共通している事は、男性も女性も多かれ少なかれ老いて行く親の問題を抱えています。これは結婚している、していないに関わりなく襲って来る問題です。ただ、親の問題で結婚を諦めている方達の多くは、一人で問題を背負わなくてはならないことが多いことも現実のようです。

価値観は時代と共に変化し、結婚という概念も変わりつつあります。もはや私達は一つの観念に縛られることから自由になり、それぞれの価値観で生きる、そこに結婚をあえて諦めるという人生も十分許容されているのかも知れません。